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観光活用に複雑な思い 侵略された佐久地方

2007/3/11 信濃毎日新聞掲載

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 武田信玄の軍師山本勘助を描くNHK大河ドラマ「風林火山」について、舞台の一つ、佐久地方は複雑な思いで眺めている。観光に生かそうと熱心な動きがある一方、侵略された側の視点で史実をとらえようとする人もいる。地域によって受け止めはさまざまだ。
 ドラマは2月、信玄の初陣とされる南牧村の「海ノ口城」攻防戦を放映した。そのせいか、城跡への道を村役場に尋ねる観光客が増えており、村は国道沿いの案内看板を目立つようにした。城跡のあずまやの修復も考えている。
 勘助が原型を築いたという小諸城(懐古園)がある小諸市では、市観光協会が積極的に活用。市内にのぼり旗400本を立てており「停滞する市内観光を盛り上げる呼び水にしたい」と広報担当の鴨志田英人さん(50)。
 これに対し、佐久市は「攻め滅ぼされた側でもあり、観光PRの予定はない」(市観光課)と静観の構えだ。小海町の公民館報には、同町の郷土史家宿岩善人さん(75)が寄稿。悲惨な志賀城(佐久市)攻めも取り上げ、「武田軍は志賀城の援軍を破り、3000人の首を城の周りに並べた。戦意を失った城主ら300人は討ち死に。生き残った者は売られた」と被害の史実を記した。
 佐久攻めは信玄の父の代から本格化し、佐久地方の36城を制圧したなど勇壮な記録が残る。ただ、佐久市の郷土史家小林収さん(75)は「当時の城はとりで程度。10人ほどで守り、攻めてきたら逃げる、退却すれば戻るといった調子」と解説する。
 「当時の兵隊は農民。殺されることと、常とう手段だった火矢による火攻めで家を焼かれることが一番切なかっただろう」とも。25日に佐久市の県佐久創造館で開く「風林火山」がテーマの連続講演会では講師の一人を務める。「滅ぼされた一族の子孫もいるだろう。佐久に住む者の視点から歴史を語りたい」と話している。
 制作側のNHKは「武田は甲州だが、作品の舞台は実はほとんど信州。人間ドラマを描くことに重点を置いており、勝者敗者の視点でなく、生きざまを楽しんでほしい」としている。
【写真説明】「風林火山」ののぼり旗が並ぶ小諸駅前。ゆかりの地として小諸市観光協会がPRに力を入れている