史跡ガイド

史跡紹介

大峰城

カテゴリー:武田軍関連 上杉軍関連 城・館 | ◇アクセス

大峰城は武田方の旭山城に対する向城として上杉方が築いた山城で、葛山城主・落合備中守の家臣大峰蔵人の城といわれる。

天文22年(1553)から12年間、5度に及んだ川中島合戦では、大峰城、葛山城、旭山城といった善光寺平を見下ろす山城は、甲越双方にとって重要な拠点となったため、たびたび争奪戦が行われた。川中島合戦後、善光寺平一帯は武田方の支配下となり、大峰城も武田方の城になったという。


大峰山全景


大峰山と葛山(大峰城跡と葛山城跡)

現在の大峰城は、昭和37年(1962)に天守閣が築かれたもので、城内はチョウや昆虫の標本と築城時の出土品を展示する「大峰城チョウと自然の博物館」となっている。4階の展望台からは川中島合戦の善光寺平が一望できる。

天守西側には土塁や堀切跡が残されており、善光寺北側の霊山寺から「上杉謙信物見の岩」を経由し登る遊歩道がある。


大峰城


土塁跡


堀切跡


大峰城から善光寺平を望む


大峰城から旭山城跡を望む

岡澤先生の史跡解説

プロフィール 岡澤先生のプロフィール

妻女山(さいじょざん)は南から、この大峰城趾は、北から川中島地方を眺望する絶好の地である。城趾の大峰山頂(標高828.2m)には、自然博物館となっている三層の大峰城がある。

城趾は本郭東西約27m ・南北約24m 、外郭跡東西約27m ・南北約20m 、空濠が北に巡っていた(『長野県町村誌』)。空濠跡は今日も確認できる。この地は、東南に険しく、北西は比較的緩やかな尾根になっている。麓には「七曲がり」を経て、戸隠に通じる道がある。この城は、戦国期に葛山城主落合氏が、善光寺・戸隠別当の栗田氏を強く意識して、詰めの城として築き、家臣の大峰氏を居城させたという。

当時の山城は、復元された千曲市上山田の荒砥(あらと)城が一般的である。落合七郷の小領主、落合氏には、本城の葛山(かつらやま)城に勝る三層の城を築く力はなかった。こうした点からみて、大峰に聳える三層の城は、昭和30年代の高度経済成長期時代を象徴する建築物である。

アクセス
JR長野駅より七曲り経由、車20分