'07信州キャンペーン 「信州・風林火山」
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諏訪エリア
瀬沢合戦跡(富士見町)

瀬沢合戦とは、「甲陽軍艦」によればおよそ次のような合戦のことである。

天文十一年(1542)二月、信濃の小笠原・諏訪・村上・木曽の四大将は甲斐の武田晴信(信玄)を攻めようと合議し、甲信境の瀬沢に陣取った。この動きを察知していた晴信はひそかに軍勢を発し、三月九日朝、信濃勢の不意をついた。戦いは辰の刻(午前八時)に始まり未の刻(午後二時)に終わり、武田軍は信濃方1,621を討ち取って大勝したが、味方にも多数の死傷者を出した。

その戦場となったのは、瀬沢を中心に新田原から横吹におよぶ広い範囲と考えられる。(富士見町教育委員会)

2007/03/13
音無の滝(茅野市)

川の瀬音がうるさく軍議が出来ないので信玄が大声でどなったところ、その一声で川の瀬音がなくなったことからこの川を音無川と呼ぶようになったと言われています。今でも音無川には幾筋もの滝が流れ落ち、このように美しい景観を残しています。

2007/03/13
音無川(茅野市)

戦国時代のすぐれた武将で知られる甲斐の武田信玄が越後の上杉謙信との北信濃の川中島での決戦のため、何万という大軍を引き連れて、諏訪へ入り、八ヶ岳の麓の棒道を進んで、大門峠の下まで来た。

そこで信玄は、主な家来を集めて、作戦会議をした。ところが、作戦はなかなかまとまらなかった。そこはそばを流れている川の瀬音と滝の音がザアザアとうるさかった。そのせいで作戦がまとまらないと思った信玄は、川にむかって「うるさい、しずまれ」と雷のような大声でひと声どなりつけた。すると川の瀬音が、ピタッとやんで、作戦がまとまり、川中島へ進軍した。

信玄のひと声で川の瀬音がなくなったことから、この川を音無川とよびようになったという。今でも音無川には幾筋もの滝が流れ落ち美しい景観を残している。

2007/03/13
銭岩(茅野市)

白樺湖の南岸、湖岸よりおよそ百メートルほど山に登ったところに銭岩がある。白樺湖がまだつくられなかった頃(白樺湖は温水溜池として昭和二十年度完成)のことである。

地元のある人が炭焼きをしようとして穴を掘った。すると土の中から穴あき銭がたくさん出てきた。付近を信玄の棒道が通っていることから、信玄の軍用金のかくし場所がこの周辺にあったのではないかとの伝承がある。

2007/03/13
上原城諏訪氏館跡(字板垣平)(茅野市)

石碑から南方平坦地一帯は室町時代後期からの上原城諏訪氏館跡(面積約1ヘクタール)で、戦国時代の天文十一年(1542)七月、武田晴信(信玄)により諏訪領主・諏訪頼重が滅ぼされて以降、武田氏の諏訪郡代(初代・板垣信方)の邸が造立された。そして天正十年(1582)三月までの四十年間、武田氏の諏訪統治の拠点となった所です。

今日でもこの地籍は字名を「板垣平」と呼んでいます。

2007/03/13
頼岳寺(茅野市)

小林山頼岳寺は、諏訪地方における曹洞宗の筆頭寺院であり、高島藩初代藩主諏訪頼水は寛永八年(1631)上野国最大隻林寺(群馬県北群馬軍子持村)の大通関徹を招いて開創し、諏訪氏の菩提寺とした。

御廟所には諏訪頼重の従兄弟で頼水の父である頼忠とその夫人、頼水が葬られている。

2007/03/13
八重垣姫像(諏訪市)

浄瑠璃義太夫節の「本朝廿四孝」に登場する上杉謙信の息女で、信玄の子、勝頼の許嫁として情熱的な恋が描かれている。歌舞伎では「三姫」の一人という大役になっている。

2007/03/13
諏訪大社上社本宮(諏訪市)

全国に1万以上の摂社末社を持つ諏訪神社の総本社。古くから農耕や勝負、家内安全の神として信仰されています。諏訪湖の南に鎮座するのが上社本宮(諏訪市中洲)。前宮(茅野市宮川)は本宮の前身と伝えられ、諏訪盆地を望む景勝地にあります。

武田家とのつながりも深く、信玄は合戦のたび、「諏訪南宮上下大明神」と書いた幟を立てたり、また神社の祭事再興の具体的な指示を「信玄十一軸」として送るなどしました。

2007/03/13
諏訪大社上社前宮(茅野市)

全国に1万以上の摂社末社を持つ諏訪神社の総本社。古くから農耕や勝負、家内安全の神として信仰されています。諏訪湖の南に鎮座するのが上社本宮(諏訪市中洲)。前宮(茅野市宮川)は本宮の前身と伝えられ、諏訪盆地を望む景勝地にあります。

武田家とのつながりも深く、信玄は合戦のたび、「諏訪南宮上下大明神」と書いた幟を立てたり、また神社の祭事再興の具体的な指示を「信玄十一軸」として送るなどしました。

2007/03/13
諏訪大社下社春宮(下諏訪町)

全国に1万以上の摂社末社を持つ諏訪神社の総本社。古くから農耕や勝負、家内安全の神として信仰されています。諏訪湖の南に鎮座するのが上社本宮(諏訪市中洲)。前宮(茅野市宮川)は本宮の前身と伝えられ、諏訪盆地を望む景勝地にあります。

武田家とのつながりも深く、信玄は合戦のたび、「諏訪南宮上下大明神」と書いた幟を立てたり、また神社の祭事再興の具体的な指示を「信玄十一軸」として送るなどしました。

2007/03/13
諏訪大社下社秋宮(下諏訪町)

全国に1万以上の摂社末社を持つ諏訪神社の総本社。古くから農耕や勝負、家内安全の神として信仰されています。諏訪湖の南に鎮座するのが上社本宮(諏訪市中洲)。前宮(茅野市宮川)は本宮の前身と伝えられ、諏訪盆地を望む景勝地にあります。

武田家とのつながりも深く、信玄は合戦のたび、「諏訪南宮上下大明神」と書いた幟を立てたり、また神社の祭事再興の具体的な指示を「信玄十一軸」として送るなどしました。

2007/03/13
枡形城跡(茅野市)

2007/03/13
諏訪湖(諏訪市・岡谷市・下諏訪町)

武田信玄は死後、自らの遺言により石棺に納められ、諏訪湖に葬られたとの言い伝えが残る

2007/03/13
上原城跡(茅野市)

諏訪地方を治めた諏訪氏の五代七十余年にわたっての居城。諏訪氏滅亡のあと、武田氏が信濃支配の拠点とするも、天正十年に廃城。現在は、主郭、土塁、二の郭などの遺構が残っています。県史跡。

2007/02/06
桑原城跡(諏訪市)

上原城の支城。信玄に上原城を追われた諏訪頼重が後詰めとして最後に逃れ、降伏した場所が桑原城でした。城跡は県史跡に指定されています。主郭からは諏訪盆地が一望できます。

2007/02/06
御射山社[みさやま](富士見町・原村)

諏訪大社上社に属する摂社。天文十一年(一五四二)年、諏訪頼重との戦いの際に、武田信玄がこの辺りに本陣を敷いたとされます。地元の人には、数え年二歳の厄除け祈願の明神様として親しまれています。

2007/02/06
安国寺古戦場跡(茅野市)

諏訪の覇権を賭け、高遠頼継と信玄が激突した舞台。七百人を超える被害者を出した高遠軍は、杖突峠を越えて伊那に敗走しました。

2007/02/06
頼重院[らいじゅういん](諏訪市)

諏訪頼重の菩提寺として建立されました。頼重の霊を供養する石の宝篋印塔(ほうきょういんとう)や新田次郎が頼重の無念を詠んだ歌碑を見ることができます。

2007/02/06
大門峠(茅野市)

標高一四四三メートル、武田軍が川中島の戦いに向かった際に、この峠を往来しました。峠の北に位置する姫木平は、標木平とも呼ばれ、兵士たちの一刻の休息の場所だったようです。

2007/02/06
杖突峠[つえつきとうげ](茅野市・伊那市)

安国寺の戦いで逃げる頼継を追撃する際など、武田軍が伊那攻略に活用した軍用ルートのひとつ。諏訪盆地や八ヶ岳の眺望が楽しめます。

2007/02/06
棒道[ぼうみち](茅野市・富士見町・原村)

信玄が北信濃攻略のために開いたといわれる軍用道路で、八ヶ岳の麓を棒のようにまっすぐ抜けていることから、そう呼ばれました。

上・中・下の三本があったとも言われていますが、信玄が新しく開削し、真の意味で棒道と呼べるのは、上の道のみです。

「疾きこと風の如く」武田軍が甲府から佐久・川中島へ進軍できた秘密がここにあり、今でもその一部をたどることができます。

2007/02/06
仏供石[ぶっくいし](富士見町)

今は森林になっている八ヶ岳の裾野は当時一面の原野で、途中に道しるべとなる大石(仏供石の他に、一ッ石、幕石など)があり、今は立木に覆われています。

2007/02/06
お茶清水(茅野市)

その名のとおり、信玄はこの泉の水でお茶を飲んで一息ついたとされています。戦国武士の気分で、ここで一服していきませんか。

2007/02/06
御座岩[ございわ](茅野市)

信玄が北信濃の制覇をめざして大門峠を越える際、陣を張って戦略をめぐらした場所として伝わっています。

白樺湖北岸のほぼ中央から湖心に突き出した安山岩の岩塊です。

2007/02/06
高島城(諏訪市)

近世大名諏訪氏の居城。原作では山本勘助が初めて諏訪頼重の娘、由布姫を見る場面に登場しますが、当時の高島城は上諏訪茶臼山にあった山城。天文十八(一五四九)年、諏訪統治の拠点を上原城からここに移しました。

江戸時代の高島城は諏訪湖に突き出したかたちで建っており、「諏訪の浮城」「水城」と呼ばれていました。

現在は、本丸に天守、櫓、門、塀が復元され、城内では、諏訪氏ゆかりの品々が展示されています。周辺は公園として整備され、桜の名所としても知られ、多くの観光客で賑わいを見せています。

2007/01/06
小坂観音院・由布姫の供養塔(岡谷市)

信玄の側室、勝頼の母・由布姫の供養塔が境内に建つ真言宗のお寺。南信八名所、諏訪八景に数えられている。ご本尊は十一面観世音菩薩。近くの小坂公園はあじさいの名所でもあり、諏訪湖や八ヶ岳連峰が一望できる。

2007/01/06