勘助曲輪の跡が残る武田ゆかりの城。
高遠は南北朝時代から諏訪氏の一族、高遠氏が支配していました。天文十四年、信玄が高遠頼継を攻略。山本勘助に命じて改築させたと言われ、伊那攻略の拠点としました。
永禄五(一五六二)年、十七歳で信玄と由布姫の子勝頼が城主となり、九年間この地を治めました。天正九(一五八一)年には信玄の五男の仁科盛信が城主となりましたが、天正十年織田軍に攻め滅ぼされます。
明治維新後、城跡にコヒガンザクラが植えられました。春になると千五百本の見事な桜が咲き誇り、南信州を代表する花見の名所となっています。
なお、優秀な人材を輩出した進徳館や中村不折、池上秀畝、江崎孝坪等の作品、高遠出身の画家原田政雄のコレクション668点を展示する信州高遠美術館も隣接しています。